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私のオーストラリア体験記⑫最終回

2009 年 4 月 8 日 水曜日

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最終回ダッシュ(走り出す様)

今回はメルボルンに5年前にいた時と今と、自分が感じる違いを書こうとえんぴつ思います。

語学学校学校ではどんな風に友達を作ればよいか、
すでに5年前に経験していたので、何も問題なく語学学校生活を送れました。
その代わりに、色んな国籍の人と話しても、すごく新鮮さは感じませんでしたバッド(下向き矢印)
なぜでしょうか…多分一度経験していたせいだと思います。

また語学学校で私が抱えていた悩みたらーっ(汗)を持っている日本人に会うと、
なんだか昔の自分を見ているようですごく懐かしく、また親近感が沸きました。
(決して上から物を行っているのではないので、誤解のないようお願いします。乙女座

そして昔は、デパートで探し物が見つからなかったら
『この人親切そうな人かなぁあせあせ(飛び散る汗)…』と様子を伺いながら人に尋ねていました。
今は近くにいる店員さんに普通に聞きます。
昔は英語力だけでなく、ただ単に”外国人人影と話す”という事に慣れてなかったんだと思います。

そして当時は、語学学校で知り合った同じ境遇の気の合う友達双子座とだけ、いつも一緒に遊んでいました。
また食事レストランやイベント事に誘われたから行く、といった受身な感じでした。
そしてだんだんとその友達が自分の国に戻って行き飛行機、あまり友達もいなく、常に寂しさが付きまとっていましたバッド(下向き矢印)
『あの時は良かったなぁたらーっ(汗)…』なんて考えたり。
もちろん今も寂しさ0か?と聞かれたら、『0ですexclamation ×2』とは答えられないですが、5年前の様な寂しさたらーっ(汗)はありません。
それは、今私の周りにいてくれる人達双子座のおかげです。
また、以前のように何かを待っているような感じではなく、自分から人付き合いドアをするようになったからかなぁ…とも思います。

オーストラリアに5年前に来て、日本に戻り再度渡豪。
親は『行ったり来たり、フラフラして何してんだかボケーっとした顔』と最初は言っていました。
でも今回、本当にラッキーで、こちらにお世話になり、海外で仕事をするという経験をさせて頂きました。
親も『何人の人が海外のオフィスビルで仕事をしたいのか。仕事できてよかったねぇ。』と言ってくれています。
本当にそうだと思います。超ラッキーダッシュ(走り出す様)だった、としか言いようがありません。

個人的な意見ですが、海外で仕事をしたい場合には、人との繋がり双子座が非常に重要なんだなぁと思います。
もちろんタイミング時計は不可欠です。

これからまだまだオーストラリア・メルボルンにいますが、今度は違う状況・立場になります。
それはそれで、どんなことが起こるか不安&楽しみるんるんです。

では何話にも続きお読みいただき、大変ありがとうございました乙女座

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私のオーストラリア体験記⑪

2009 年 4 月 3 日 金曜日

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そうそう、ここからです。

それまで毎日のように連絡が向こうから来ていたのに、
サッパリバッド(下向き矢印)来なくなりました。
こちらが質問をすればmail to返答は来る、という感じでした。

ちょっと心配あせあせ(飛び散る汗)していたのですが、まだまだ出発は先と思い、
連絡がちょっとづつ遠のいていきました。

そしてある日、連絡電話が。
『現地に問い合わせたのですが、語学学校に行かないとインターンシップはできないようです。』
おいおいちっ(怒った顔)大丈夫だっていったじゃん。しかも、その学校がインターンシップを手配するとの事。

ここから、その会社に不信感バッド(下向き矢印)しかありませんでした。

『どこの語学学校ですか?』と問い合わせたところ、『メルボルンにある●●です』と。
知ってる電球その学校。
本当かどうか確かめたかったので、その語学学校に直接電話電話をして見ました。
そしたら『●●さんっていう申込みは頂いていませんし、インターンシップの手配はうちはありませんが。』
怪しいぃぃぃぃぃぃむかっ(怒り)

電話だと後々形に残らないので、メールmail toで再度問い合わせ。
同じような返答が返ってきました。

その内容をインターンシップ手配会社に伝えたところ、
『うちの会社と学校の間に、もう1つ仲介会社がある』との事。
しかも『そんなことしないでくださいむかっ(怒り)』って怒りながら言ってました。

とりあえずどんな担当者か見に行こうと思って、アポをとり当日会社ビルに行きました。
会社は思ったよりも小さく、アパートの一角で、10畳のお部屋が2つ位でしょうか。留学パンフレット本がずらーとありました。
会いに行ったのにもかかわらず、今日は体調不良でお休みです。とのこと。

なるほどぉ、そう来たかボケーっとした顔

数週間後、相手が事が大きくなる前にと思ったのか、見積書と語学学校のパンフレットを送付メールしてきました。

その語学学校はメルボルンではなくシドニーにあり、しかも私が聞いていた見積もり金額よりも多いむかっ(怒り)???

これはもうダメだ衝撃と思い、できるだけの証拠を持って町の消費者金融相談所に行きました。
結果、『私にも非があり万が一訴えられた場合には、勝てる可能性は100%とは言えないし、弁護士費用を考えたら、計10万円支払っったほうが利口かも…。』
というアドバイスもあり、結果申込金返却不可で、解約金約4万円、合計で約10万円支払いましたバッド(下向き矢印)

解決まで約3ヶ月がかかりました。

情報収集パソコンをきちんとすれば、こんなことにならなかったのに…と思います。
自分の落度もあったし、もし法廷に行って負けたことを思えば、高いお金を払って勉強したな…と思っています。

そうそうその後どうしたかというと、
この問題が解決するかしないかの時に、オーストラリアにとりあえず来ました飛行機
まずちょっと語学学校で英語を勉強ペンしなおして、
その後はどうにかなれダッシュ(走り出す様)と思って。

そんなこんなで今はここにいます。
まさか1年前にはここにいるなんて想像してもいませんでした。

次回で私のお話は終わりです。

最終回は、メルボルンに5年前にいた時と今と、自分が感じる違いを書こうと思いまするんるん

私のオーストラリア体験記⑩

2009 年 4 月 1 日 水曜日

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インターンシップ調査開始exclamation ×2

と思ったのですが、どうしたらいいか分からずあせあせ(飛び散る汗)
まず会社にいるヨーロッパからのインターン生双子座に話を聞きました。

彼らの話だと、ヨーロッパでは(業界・職種にもよるようですが)インターンをしてからの就職ビルはすごく一般的で、
また直接その後のキャリアに関わるようです。
またインターンシップを受け入れる企業も多く、企業のホームページパソコンをみて直接申し込むか大学学校に情報があるそうです。

その話を聞いて、働いている業界のHPをまず見てみました。

んんんんん…あった電球

けど、どれも職種が専門職で、私が見つけている事務系はもちろんありませんでしたバッド(下向き矢印)

どうしよう…とりあえずインターネットパソコンでも情報収集。

インターンシップを扱う会社ビルが多数ヒットしました。
どれにしていいか分からないけど、とりあえず有給のインターンを扱う会社3社に連絡mail toを取りました。

その中の1社からはすぐに返信mail toが来ました。ほんとうに直ぐでした。
数回メールをして、その後電話で話をすることになりました。

担当の人の話では、私の当時のTOEICの点数(825点)と勤務先からの推薦状があるので、大丈夫だと思いますexclamation ×2との事でした。
申込書を記入し、数万円の申込金(手配料)ドル袋を振込みました。

そうそう、ここからです…がく~(落胆した顔)

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私のオーストラリア体験記⑨

2009 年 3 月 20 日 金曜日

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入社してから約2年が経った頃、色々と考えた末、
シンガポールに行こうexclamation ×2と決めました。

その理由は…

1英語圏
※日本語と英語以外の言語は話せない為

2日系企業が多数&日本人の求人が多い
※日本人としての長所を生かせると思った

3多民族国家に行くほうが外国人として生活しやすいかなぁ…と。

シンガポールに誰一人友達や知り合いがいないので、まずは情報収集と思い、
インターネットパソコンや知り合いの伝で、
シンガポールで働いていた人双子座に話を聞いたりしました。

そして、現地でも情報収集をしようと思い、シンガポールに約1週間行きましたダッシュ(走り出す様)

まずいってみて感じたことは…

いい点指でOK
かわいい多民族国家なのでexclamation & question、滞在していても違和感を感じない。
なんとなく日本にいるような感覚に陥りました。
(日本のデパートがあったり、日本の食べ物や文化が結構浸透しているからなのかも知れませんが。)

かわいい治安
もちろん海外だったので、基本的なこと(夜の一人歩きはしない等)には注意をしましたが、なんとなく危険は感じませんでした。

悪い点ふらふら
かわいい英語
英語が分かりづらく(私が慣れていないせいだと思いますが)、
中国語のバックグラウンドの人が多いせいか、電車の中や道で中国語が耳に入ってきました。また、中国語と英語を混ぜて話す人もいました。

かわいい気候
10月に行ったのですが、すご~く蒸し暑かったあせあせ(飛び散る汗)です。
日中は外で10分歩いただけで、すごく汗をかきました。

いい点でも悪い点でもないですが、電車や公共の看板やは4ヶ国語表記で、アナウンスも多国語で行われていました。
これにはちょっとビックリしました。

※上記は私が1週間で感じたことなので、実際生活してみるのと違うかもしれません。

話は戻りますが、シンガポールでの仕事ビル
日系の派遣会社を5つ周りました走る人ダッシュ(走り出す様)

5つの会社の中で3つの会社は、私の学歴をすぐ指摘しました。
『ビジネスビザの取得は無理だと思いますよ…。』と。
すごくショックでしたたらーっ(汗)『学歴が問題なのかぁ…』それが頭の中から離れなかったです。

伊勢丹の前の大きな交差点信号で、悔しくて泣いたのはたらーっ(汗)忘れません。

今思うと、彼らはシンガポールの現状を良く知っていて、
変に私が期待しないように、素直に伝えてくれたんだと思います。

残りの2つの会社は、学歴は指摘しませんでしたが、
『シンガポールでの就職は非常に難しいかも…』というコメントでした。
今思うと、そう言ってくれたのは、気遣いだったかもしれません。

シンガポールでの就職には色々と方法があるようですが、
基本的には大学を卒業又は同等の学歴があれば、ビザの問題は比較的無いようです。
(もちろん職業にもよるとは思います。)
私のように、高卒の人がシンガポールでの(オフィスでの仕事の)就職ビルは厳しいようです。

そう思った私は、日本に戻り飛行機再度考え始めました。

どうするか…

そうだ電球就職が無理ならまずインターンシップから始めようと。
この方向転換がまたまた問題がく~(落胆した顔)を起こしました。

続く…

私のオーストラリア体験記⑧

2009 年 3 月 16 日 月曜日

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では次に『仕事に対する姿勢』ダッシュ(走り出す様)

最初の3ヶ月は仕事をこなすのが精一杯であせあせ(飛び散る汗)、周りの事は見えていませんでした。
また、上司から色々と指示が出て、もう無理だなぁふらふら…と思っていました。

ですが、だんだんとある程度余裕が出てくるようになってから、
上司がなぜ細かいところまで指示を出すのか、ほんの少し分かった電球気がしました。

例えば書類メモの渡し方1つも、見られて目いました。
その意味は、相手が受取った際に何を感じるか。いかに見やすく、効果的にその紙の処理を行えるか。
ただ紙を渡すという行為でも、相手に対しての考慮ハート達(複数ハート)が必要なんだなぁ。と思いました。

また、日本語の言葉遣いにも注意を払っていました。
日本で働く以上、適切な言葉遣いをしなければいけない。
また上司の秘書・部の庶務=代理の役目や部の顔乙女座となるので、
間違った言葉遣いをしては、だらしないバッド(下向き矢印)印象を残してしまう。
きちんとした日本語を話す事の重要さに改めて気づきました。

また他の人に対しての忠誠心・実直さは、上司が業務をスムーズに行う為に、
秘書にとって非常に重要なポイントexclamation ×2でもありました。

もちろん礼儀正しさ、きめ細やかさ、気遣い、控えめな態度は基本的な事でした。
私が女性乙女座ということもあって、こういった事の重要性を教えてくれたのだと思います。

勤務最終日ビルは今でも思い出深い1日です。
晴れのスケジュールの読み合わせは、とても寂しい雰囲気バッド(下向き矢印)が漂っていました。
私が会社を出る時ドアの、上司の涙目たらーっ(汗)は今でも忘れられません。
それを思い出すだけでも今でも涙が出てきます。
その時に頂いたペンペンは、面接の時や重要場面にいつも持って行きます。
そのペンが私を守ってくれるんじゃないかと思って、今ではお守り代わりハート達(複数ハート)です。

今までの私は、仕事=大変ふらふらで、ただお金を稼ぐ物ドル袋という考えから、
『仕事は楽しいものぴかぴか(新しい)』なんだと思うようになりました。
また、人と人双子座との繋がりの重要性や信頼性の重要さも学びました。
この上司との出会いが、私の人生に大きな影響exclamation ×2をしていると言っても過言ではないと思います。

そんな充実な日々を過ごしていた私ですが、
ちょうど2年経った頃、将来の事を色々と考えるようになりました。

それは上司に対して、感謝の意とお礼を示す意味の巣立飛行機でもあったと思います。

続く…

私のオーストラリア体験記⑦

2009 年 2 月 20 日 金曜日

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*続き*

面接官だったアメリカ系日本人の上司。

まず『英語の勉強に対する態度exclamation
数十年アメリカに住んでいる、英語必要なし指でOKと私達は思うけど…

英文レターメモやメールパソコンを書く際に、辞書で確認をしていました。
その意図は、微妙なニュアンスの確認の為のようでした。
何気なく使った1つの英単語で、周りの理解や展開が、
自分の意図する方向からそれないように、辞書を使っていたようです。

また、簡単なメールを海外に送信するときも、単語(英語)の使い方に注意していました。
私も時々指摘を受けたり、細かい言い回しの時に相談したり。

また、海外から来たメールmail toに対しても、『この英語の言い回しすごいね電球』と、
ほかの人の英文も真似してみたり。
自分の英語力におぼれる事無く、勉強する態度必要だなぁと、感じました。

日常生活でもそうですが、とくにビジネスシーンでの英語の文章には、
十分気をつけた方がよいと思います。

ただ単に英文メール・レターの参考書本の文をそのまま引用して、ビジネス文章を作ることはできますが、
時々、その文の意味が相手に伝わらなかったりバッド(下向き矢印)、昔の古い言い回しでネイティブにとってはとても可笑しかったりあせあせ
あまりにも堅すぎる言い方でその状況には適していなかったり。

また、英語の手紙よりもメールのほうが文章が硬くなく、
相手との距離感が近くなります。そのため、
英語の手紙と同じようにメールを書いてしまうと、適切ではないあせあせ(飛び散る汗)ようです。

また、国籍によって好みもあると思います。
これは私が感じたことなので参考程度にしてください。
まずネイティブでも、イギリス人やヨーロッパ人は、
比較的かしこまったメールを好む傾向にあります。

それに比べ、オーストラリア人は最初から結構カジュアルなメールでした。

またメキシコ人は最初堅い表現ですが、直ぐ砕けた表現に。

インド人は比較的イギリス人やヨーロッパ人と同じで堅い表現を好み、
韓国人・中国人は常に丁寧な言い回しを好むようです。
文化的要素も関係しているとは思いますが、これは私が感じたことです。

ビジネス文章はもちろん自分で勉強えんぴつすることも必要ですが、
周りにネイティブやバイリンガルの人達がいる場合には、
その人達に聞くのが一番だと思いますexclamation ×2

『仕事に対する姿勢』のお話は、次回ダッシュ(走り出す様)

私のオーストラリア体験記⑥

2009 年 2 月 17 日 火曜日

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- 続き -

まず会社に入ってビックリ目
部内の共通語は英語と日本語。割合で言うと半々でしょうか。
でも、会議や業務メールは8割以上英語。
その理由として、部内に外国人がいる為と、外部とのやり取りはほぼ海外の為でした。

いきなり英語でメールメール…やばいたらーっ(汗)と感じた私は、
初日、帰宅後さっそくTAFEの教科書本を広げて復習をしました。

もちろん厳しい顔のヨーロッパ人の上司とは英語で会話あせあせ(飛び散る汗)
最初は彼の英語が分からず…
話をするのに上司の部屋には行かず、メールパソコンで連絡をしていました。
そしたら
『Please come to my office whenever you need to talk to me.
Face to face communication is very important in business.
Dont be scared, i don’t bite you, ahhhhhhhhhウッシッシ
初めて彼から教わったことは、顔をあわせて話をすることが重要で、またそれが信頼関係を気づくぴかぴか(新しい)という事でした。

だんだんと過ごしていくうちに、上司の癖や好み、航空会社飛行機や食事レストランの好き嫌いまで覚えていきました。
彼は非常に時間に厳しく、1秒たりとも無駄にしたくない性格で、
新幹線新幹線の乗り継ぎ時間も、待ち時間時計が15分以上あるとダメ出しを受け、
再度旅程を立て直したりもしました。

この上司は出張が多く、海外(ヨーロッパ、インド、韓国、中国等)とのメールや電話のやり取りがとても多かったです。
その為、ビジネス文章、電話対応等、
その業界の専門用語(英語)、基本的なビジネスマナー等は、自然に身についたと思います。

もちろん最初のうちは、恥ずかしながらも辞書を使っていましたが、
恥ずかしがっていたら仕事が進まないので、開き直って辞書を使ったり、
部内のバイリンガルの人達に色々と英語の言い回しを聞きまくりました。
周りの人達のサポートもあり、入社当時725点だったTOEICの点数も、
入社半年後には790点まで上がりグッド(上向き矢印)ました。

ここでちょこっと英語・TOEICのお話(参考になれば…)。
この企業、ヨーロッパから多数の(英語を第2ヶ国語とする)インターンシップ生徒双子座がいました。
彼らにTOEICの話をしたところ、
ヨーロッパでも就職の際にTOEICで英語力を判断され、
また海外飛行機でのインターンシップも就職の際には評価されるとの事でした。
(業界にもよるそうですが、特にアメリカ、イギリス、日本、最近では中国が非常に評価されるそうです。)
英語が就職に強く影響しているのは、どこにいっても同じなんだなぁ…と思いました。
またIELTSの話をしたら、ヨーロッパでの就職にIELTSが使われると聞いたことは無い。との事でした。

数ヶ月が過ぎたうち、上司が海外長期出張に行くことになりました。
出発日前日、
『秘書は上司のサポートだけでなく、上司が出張で部にいない時には上司の代理の役目をするものだよ。だからよろしくexclamation』と。
信頼されているのだなぁと思い、本当にうれしかったですぴかぴか(新しい)

そうそうもう一人の上司。面接官だったアメリカ系日本人の上司。
この上司からから、『仕事に対する姿勢』と『英語の勉強に対する態度』を教わりました。

この上司の話はまた次のお話に~。

私のオーストラリア体験記⑤

2009 年 2 月 10 日 火曜日

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- 続き -

面接当日、かなりの緊張あせあせ(飛び散る汗)
何を聞かれるのか、自分の英語力は足りるのかなぁ…
と色々想像しながらも面接の時間時計になってしまいました。

面接官は2人双子座の日本人でした。

面接時の質問というと、
1今までの職歴の簡単な説明
2なぜその会社を辞めたのか
3秘書&英文事務の仕事と自分のスキルの関連性
4なぜオーストラリアから帰ってきたのか
5オーストラリアで感じたこと   でした。

その質問が終り、英語での面接はないんだぁ~と、
ホッるんるんとした数分後、
1人の厳しそうな顔のヨーロッパ人超ーーーー怖かったげっそりです。
しかも聞きなれない訛りの英語あせあせ(飛び散る汗)
何回もSorry? You mean…って言って聞きなおしたのを覚えています。

面接後、これは英語力が足りなくてだめだったなぁ…と落ち込んでいたら、
受かったとの連絡phone to。翌月曜日から出社ビルとなりましたexclamation ×2

後から上司に聞いたところ、『面接は上手くいっていたよ。』と。
オーストラリアで英語以外に専門学校(TAFE)に行き、
Office Administration(日本語訳だと秘書科かと思います)を勉強したのが合格した理由のようでした。
もし、TOEICが高得点でも、オーストラリアで英語だけ勉強しただけでは合格してなかったと思います。
本当にあの時TAFE行きを薦めて頂いて、決断してよかったなぁぴかぴか(新しい)と思います。
また、日本に戻ってきて仕事をしながら資格や試験を受け続けていたのも、評価に入ったようでした。
そして最後に、海外で生活したからといって、日本人としての心ハートを忘れてなさそうだったから。とも。

そうそう月曜日、出社ビルしてビックリ目
その厳しい顔のヨーロッパ人げっそりと、面接官の日本人が私の上司でした。

私にとって、この日から新しい世界が開かれましたドア

続く!

私のオーストラリア体験記④

2009 年 2 月 3 日 火曜日

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- 続き -

帰国後、何だか脱力感と達成感でいっぱいで、何もやる気が起きませんでしたバッド(下向き矢印)
それは多分、ずーっと思い描いていたぴかぴか(新しい)語学留学に行って、次の目標位置情報が見つからなかったからだと思います。

そのだるい感覚が3ヶ月も続きたらーっ(汗)
毎日朝12時に起きてボーっと過ごしては10時には寝る。という生活を繰り返していました。
体調もだんだんと悪くなり、病院病院に行く日も続きましたげっそり

そんな日々が続き、次に失望感が…
あんなに頑張って一生懸命働いて貯金して行った語学留学えんぴつ、でも今何しているんだろう…と
そう思えば思うほど、体調が悪くなり…ある日には1日中布団の中にいる事もありましたげっそり

そんな日が3ヶ月続いたある日、突然『そうだ、旅行に行こう!』と思い、2日後、海外旅行飛行機に出かけました。
旅行から帰ってきた私はスッキリサッパリ電球。今までの3ヶ月が嘘の様にやる気が出てきました。

色々と考えた末、まず仕事をしようと思い、派遣会社数社ビルに登録しました。

私が正社員ではなく、派遣会社に登録した理由は、
1私の学歴(高卒)だと正社員の仕事が見つかりにくかった為
2自分の学歴が目立たなくなくなるよう、履歴書にできるだけ大企業名を書きたかった
3外資系で、英語力のキープとインターナショナルな職場経験を希望したい

もちろん英語から離れたくなかった私は、英文事務関係希望exclamation
と出しましたが、現実はそんなに簡単ではありませんでしたバッド(下向き矢印)

まずはじめにオファーが来たのは小さい地元の会社でデータの入力パソコン
こんな仕事希望していないのになぁ…と思いましたが、
まず派遣会社の営業の人から信用してもらうのが第一exclamation ×2と思い、その仕事を続けました。

その契約が終わる間際、突然ある某派遣会社から連絡mail toが。
日系企業での翻訳本の仕事のオファーでした。
当時私のTOEICの点数は725点。
英語を使っての仕事には十分とは言えない点数冷や汗で、しかも翻訳経験ゼロ。
英語関連の仕事とはいえ、なんだか超難しそう…あせあせ(飛び散る汗)

まぁとにかく面接に行ってみようドアと思い、行きました。
会社側が私によい印象わーい(嬉しい顔)を持ったようで、採用になりました。

正直、翻訳大丈夫かなぁと不安で不安で…
初日、大量のの翻訳。見たことのない言葉や単語。
最初の1週間で辞めたいたらーっ(汗)と思いました。
でもここで辞めたら、この外資系に強い派遣会社からもう二度と連絡は来ないし、次への準備期間と思い、とにかくできるだけ続けようと思いました。
この間、TOEICやパソコンスキル、秘書検定等を受け続けました。

なんだかんだで10ヶ月翻訳の仕事をし、
契約終了間際、同じ派遣会社の営業の人から1本の電話電話

ぴかぴか(新しい)念願ぴかぴか(新しい)の外資系企業ビルでの 秘書&英文事務 の仕事のオファーでしたわーい(嬉しい顔)

続く車(セダン)ダッシュ(走り出す様)

私のオーストラリア体験記③

2009 年 1 月 30 日 金曜日

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現在③です。

話の続き…

TAFE(専門学校)学校に入学した私は、正直毎日勉強についていくのに精一杯で泣き顔
多分TAFEや大学にいかれた人は想像できると思いますが、最初の何週間は先生やネイティブのクラスメートが何を言っているのかわからずたらーっ(汗)、授業についていけない日々が続きました。

英語力(IELTS)の基準を満たしていても、やっぱりネイティブと授業を一緒に受けるのは
きついなぁあせあせ(飛び散る汗)…と、最初のころは感じていました。

1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月が過ぎ、先生やクラスメートとも打ち解けわーい(嬉しい顔)
授業でも少しづつ発言できるようになりました手(チョキ)

【TAFEで私が感じたこと(個人的な意見ですの)】
語学学校でアドバンスクラス(上級)にいたのにもかかわらず、
ネイティブと一緒のクラスでは授業についていけませんでした。

その理由は、
1オーストラリア人に何となくびびっていた冷や汗

2ネイティブの英語のスピードダッシュ(走り出す様)になれていなかった。
(特にレクチャーは容赦なく進んで行きました。レクチャーの最後で宿題が出たことにも気づかず、宿題をやらなかったことも。)

3学校の先生が喋る様なアカデミック英語以外の英語になれていなかった。
クラスメイトや先生が喋る英語が時々スラングだったり、辞書にも載っていないような聞いたことのない言い回しだったり…

また辞書本を引いていると授業に取り残されるので、辞書はあまり引きませんでした。

英語力を除いては、それほど差はありませんでした。
場合によっては、留学生の方が知識があるなぁと感じたこともあります。
幸いにも私が専攻したコースは、高校生の時に勉強した物もあったので、
教科によってはとても簡単~るんるんなときもありました。

またクラスメート双子座は、英語を第1ヶ国語にするオーストラリア人だけでなく、
アジアやアフリカからの難民の人たちもいました。
アフリカの18歳の女の子は、留学生よりも英語ができず、コミニュケーションがよくとれず先生と衝突衝撃していました。
そんなクラスメート達とお昼レストランを食べながら仲良くなり、色々とオーストラリアの違った面も見れたと思います。

今思うと、私がTAFE学校に行っていなかったら、英語は伸びていなかったと思います。
最初はきついたらーっ(汗)思いもしましたが、あれほど勉強したのは人生で初めてで、今思えばとても良い思い出ぴかぴか(新しい)です。

話は戻り、コース終了後日本に帰る飛行機ことになりました。

日本に戻ってからの就職が予想以上に大変たらーっ(汗)だとは、このときは思いもせず、
回転寿司ハート達(複数ハート)行ってタラフク食べたいな…なんてお気楽なことを考えていました。

続く~